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北の領域・彼等のテリトリー

2007年10月10日

やっと。本当にやっとダーウィンに着きました。
予定より2ヶ月近くオーバーでした。

ダーウィンはマジ、アチーっす。
海にも浸かったけどほとんどお湯ですな。
暑くて何にもやる気が起きません。
クーラーなしじゃキツイです。
おそらく1年中朝晩通してクーラーが必要な場所だと思うので
ここに住むのはかなりの電気代を覚悟しなければならないと
思います。
IMGP0445.JPG
でも、ホントここは良い場所で、州都(正確には準州都らしいけど、本当の州都はどこなんだ?)
とは思えないくらい静かでのんびりしています。
最初到着したとき日曜日だったから静かなんだと思ったけど、
次の日になっても、また次の日になってもなんも変わらず静かでした。
おそらく1年中通して静かなんだと思われます。

町自体は小じんまりしていてほとんど何もありません。
騒ぎたい人はつまらないかもしれないけど、
ゆっくりしたい人にはグッドです。
ちなみにカジノ在りです。

カカドゥ国立公園にも行ってきました。
ジャンピングクロコダイルツアーに参加して、ワニの獰猛な所を目の当たりにして、
IMGP0493.JPG
アボの壁画を観て丘の上からアーネムランドを眺めてきました。
アーネムランドと言うのはアボリジニが今でもまだ昔の生活を続けている場所で、許可証がないと
踏み込むことの出来ない領域のことです。
IMGP0537.JPG

しかしそれ等の印象を全て吹っ飛ばすくらいの出来事がその日の夕暮れ時に起きました。

それはジャビルーっと言う場所に宿泊施設があるのでそこのスーパーに食料を買いに行ったら
起こった出来事です。

車で行った僕は駐車場を探していました。すると
スーパーの脇で芋虫みたいなアボの女が
座り込んでるので、「なにしてんだ?」
って思ってたらいきなりブルブル体を動かしだして、
立ち上がって下をゴソゴソやりだし始めました。

!?

どうやらそこでヨウを足していたようです。

おもわず「オイ!」っと突っ込んでしまいました、
がマジ爆笑です。

目も合ってたんだけど、まったく臆もせずにし続けてたよ。。。
ホント凄いねこの人達は
ある意味羨ましいよ。

なんかこの旅始めてアボが好きになってきました。

他にも途中の道で朝、ガソリンを入れようと立ち寄った小さな村でアボに
「おはよう」っといきなり日本語で言われて、
ビックリしている自分を見て
喜んでるアボがいたけど
彼は一体自分の何を見て日本人だと判断したのか?
それともアジア系を見たら片っ端からそう言っているのか?
それが疑問でした。

その前も「隣人を助けなさい」って言ってる教会の事を知っているのか?
その目の前でタムロってる奴等がやれ金くれ、やれ煙草くれだの、っとまくしたててきたけど、、
彼等には限度ってものがないというか、
現在の社会の常識から
知ってて外れているのか?
それともタダ知らないのか?

それも疑問です。

多分どうでもいいんでしょうけど。

僕はアボの絵とかもよく意味がわからないです。
IMGP0524.JPG
美術館とかでもよく観るのですが、やっぱり意味がわかりません。
なんかなんも考えてないで書いているんじゃないかと思います。
壁画も芸術というより日本とかでもどこにでもある様なタダの壁の落書きなんじゃないかとさえ思います。
ただ壁がないから岩に書いたっていう違いだけで。

多分路上で寝れたりスーパーの脇で出来る様にならないと理解できないのかもしれませんな。
とりあえず「日陰の下にはアボがいる」って感じです。
そこからスタートです。
ほんと疑問多いです。
でもいいやつが多いのは確かです。

そしてこの土地で1番適した生き方をしている気がします。

もしかしたら人類の鍵を握っているのは彼等かもしれません。笑

アーネムランド行けばよかった。。

地の果て

2007年10月04日

ケアンズからダーウィンまでの道のりは
通った人にしか解らない過酷な道のりです。

最初、自分はあえて国道を外れてカーペンタリア湾を目指したのですが
この道は1車線しかない道が多く、、
対向車が来るとお互い片方車輪を道路から外して通らなければならない
ということを何百キロもしなくてはならない道のりでした。
IMGP0233.JPG
そして到着したカーペンタリア湾は恐ろしいくらい、静かな海でした。
この海は波音ひとつしない海だから、
っと思ったけどこれほどまでの静けさの理由は、きっと
一人でここまで辿り着いた自分が作りだした物だとも思います。
IMGP0267.JPG
その後、僕はデビルスマーブルという奇石を観に移動を続けたのですが、
本当に何もない道をひたすら走り続けていました。

どれくらい何もないかと言うと、たまに申し訳なさげに
ガソリンスタンドがあるだけで
約1500キロ信号機一つないのです。

日本で言うと約本州を上から下まで行っても信号で止まる必要がない、
と言うことです。
あるのは無数のカンガルーの死骸と
この先を案じるかの様な無数のバーストしたタイヤ、
そしてそれ等を祭るように
無数のアリ塚が墓のようにそびえ立っているだけです。
IMGP0278.JPG
そして僕はその何もない光景を見て「この何もない」を観に来たんだ!っと実感しました。

その後デビルスマーブルに到着。
名前ほどの迫力は感じられなかったけど、
「ナンダこりゃ?」って感じです。
IMGP0401.JPG
「昔、宇宙人が来て動かしたんだよ。」って方が説得力あります。
あと、ハエが半端なくいます。

その後、ダーウィン目指して、またひたすらアクセルを踏む生活をして、
途中、温泉が湧き出ているっというマタランカにてヌルイ温泉に浸り、
HP回復をするとまた「踏む生活」を続けて、ようやくダーウィンに到着です。

ケアンズからダーウィンまでの走行距離は約3000キロ。
なんとか5日間で辿り着くことができたから、良かったです。

てか死ななくて良かったです。

脱出せよ!クィーンズランド

2007年09月24日

こんつは。
ケアンズを出ようと試み、合計3回になりますた。

1回目は「天空の城ラピュタ」のモデルになったと噂されるパロネラパークにて思わず長居をしてしまい、
その後大雨に見舞われケアンズに舞い戻るはめに。

パロネラパークは、1回行けば一年間有効パスが貰えるので、そのせいもあってか3回も足を運んでしまいました。
どんだけ暇人だか想像つくと思います。
が、ここは足を運んでしまう不思議な何かがありました。
IMGP0021.JPG
ラピュタはそんなに好きじゃないのですが、ここを作ったホゼ・パロネラというスペイン人の一生が垣間見える気がして、
柄にもなく感慨にふけっていたりしました。
IMGP0070.JPG
ここのオーナーは気さくな感じのいいオージーで、1回目2回目3回目と変わりなく自分を歓迎してくれました。
そして彼が購入したのは今から17年位前で
その後再建して見学ができるようになったのだと聞きました。

 ? 今から17年前には、ラピュタって既に上映してなかったっけ?
もし間違いじゃなかったら、あの作品は自分で作りあげた世界ってことになるから宮崎駿の想像力とホゼ・パロネラの想像力が
時代を超えて一致したことになるから、なんか凄いものを感じました。

2回目はまたしてもカジノで大敗をくらい(もうお決まりパターンになりつつあります。)
逃げるように出て行くと、ケアンズから200キロくらいの内陸に入った場所で
追い討ちをかけるように車のハンドル辺りから突然煙が!!

ヤバイ!!っと思い急いで車を止めてもあとの祭りで
車のエンジンが掛かることは2度とありませんでした。。。

ちょうど、車が止まってしまったのがパブの前だったのが唯一の救いでした。
なぜかというとそこは既に携帯の電波のない地域だったからです。
とりあえずパブで電話を借りてNRMAという日本で言うところのJAFみたいなロードサービスを呼ぶと、
「エンジンがオーバーヒートしてもうだめだ。買ったほうが早いし、安い」っと言うので諦めることに、
「車はクラッシュするから持って行く、荷物を出せ」と言われ混乱状態の
僕はただ従うだけでした。

そして自分の周り1メートル四方に荷物を広げて、
閑散とした地と照り付ける日差しの下で呆然と立ち尽くしていました。

「これからどうすりゃいいんだ‥?」

途方に暮れていると車が1台近づいてきました。
降りて来たのは2人組みの女の人でした。

近づいてきて日本語で話し掛けられ、思わずホッとしました。
事情を説明して聞くと
彼女等はここ等でファームスティをしている人達でパブのオーナーから
電話が掛かってきて「日本人が立ち往生しているからどうにかしてやってくれ。」
とのことでやってきたそうです。

とにかく彼女等ファームのオーナーが「とりあえず家に連れて来い」っということなので、
車に荷物を詰め込みその家に行くことに。

そしてまたしても道連れファームスティをしました。
仕事の内容は朝起きて鶏とアヒルと豚にえさをあげるだけのような気がしました。
たまに草木に水をあげて、食器を洗うくらいです。
IMGP0215.JPG
だけどここにいた5日間は悪いこと続きの僕にとって非常に有意義なものでした。
そこにはまさに本場の「オージー」が住んでいました。

まず発音はAは「アイ」Kは「カイ」っといったものから、留守にして誰もいない家にそこの家の友達が勝手に入り込み
「I,m very hungry」とか言って自分の家の冷蔵庫を開けるように中のものをガツガツ食べだして、
家の人が帰って来てもどちらも何事もなかったように笑って会話をしだしたり、
っといったものまで毎日何かを見せられていました。

そして僕の名前は呼びずらいので勝手にイングリッシュネームをつけられて
「JOE・BROW」(今日来て明日去る人って意味らしいです。)
っと家族みんなに「ジョブロ」「ジョブロ」と言われて親しんでもらいました。
IMGP0209.JPG
そしてケアンズに戻りやっと車を探して、再び出発するので3回目になります。

今度の車は81年式のトヨタ、セリカです。
見た目はバックトゥーザフィーチャーのデロリアンみたいです。
だけど電気系統は全て壊れているヘボリアンです。
未来や過去に行くのはおろか、地獄にも行けるんじゃないの?っと思わずにはいられないマイカーです。

でも僕はこの車に賭けます。
もし、この車が壊れたらラウンドは終了です。
ごめんなさい。

ちなみに既にこのトップページの写真とはなんの関係もない姿形になってしまいました。
詐欺ですね。
ごめんなさい。

次こそはクィーンズランドを脱出できるようにしたいと思います。

ケアンズ

2007年09月09日

今、ここケアンズ近辺に入って、かれこれ2週間以上が経ちました。

泥棒に合い、精神的にキツイ状態でケアンズ入りし、気持ちが落ち着かなかった
これまでをケアンズからゆっくり振り返りたいと思います。

まず、ケアンズには再びカジノがあります。
結果は今の僕の状態じゃ知れています。。。

次に、日本人が物凄い量です。

町の至る所に日本人が、そして日本語が、
日本の文字が飛び交っております。
カジノも日本人だらけです。
町の中心は日本人で成り立っている気がします。

最初、オーストラリアにいる日本人なら殆んどの人がそうである様に、
それ等を嫌い、そして嫌い合っておりました。
これも変な習慣だと思うけど。

でも日本の家族連れを観ているとだんだん暖かい気持ちになってきました。
特におじちゃんや、おばちゃん等を観ると気分が和みます。

                 「大和」            ですな。

次にグレートバリアリーフ

は行ってないので感想なしです。


次にアボさん達が増えてきてます。

彼等は最高です。
ホント面白い人種です。

オーストラリアって土地が
                        
                          「家」         
     

って感じです。
のんびり加減が桁外れで、こんな人間見たことありません。

さっき、ベンチで死んでるんじゃないかってくらい凄まじい格好で寝てるアボがいました。
今もここからホケーっとベンチに座っているアボの女子が見えます。
晴れた日にはこうゆうのよく見かけます。

やはりここは彼等の土地なんだなーっとつくづく思いました。

なんとかアボの友達が欲しいっス。

早くダーウィン行きてーっス。


遭難!!

2007年09月04日

したわけではないのですが、今度は車が亡くなってしまいました。。。

そしてここは携帯の電波さえありません。
アウトバックです。

そしてよく解からないのですがまたファームスティをしております。

また、ケアンズに帰らなければならなくなりました。

とりあえず時間がないのでまた今度。


デス!!

早一ヶ月

2007年08月27日

こんにちは、ブリスベンより北へ約千三百?のMisson Beachに着きました。
突然ですが、ここまでで起きたクィーンズランドでのアクシデントをお伝えします。


1つ目はブリスベンでの熱い夜です。

この前、全勝するって書いて、
全焼してしまいました。
まさに火事野です。
僕の財布の中は燃えカスもないほどになり
ただいま入院中です。
早く直ってくれ!

そして何が危ないって、負けてから「もうやらない!!」っと決めて次の朝になると
プスプスと頭の中に燃えカスが残っており、昨夜の出来事が忘れられなくなるのです。
頭がおかしくなります。
なので僕はこれのある国には住まないことに決めました。

2つ目はバックパッカーズです。

僕にとってここ等のバックパッカーは本当クソでした。
最初がYHAで夜中部屋で小便するやつがいて(めちゃくちゃ笑ったけど)
小便の部屋は嫌だから、隣のオレンジ色のとこに移動したら、
部屋を三回チェンジされたあげ句、
バックまでなくなりそうになったので、翌日またYHAに戻ると
今度は夜中の4時に帰って来た5人組みの白人が、電気付けてラジオ付けて
歌は歌うはタバコは吸うはで
「祭りだよ!!」でした。

第3章は「さよなら電機達」です。

先日、その日の晩たまたま10人部屋の宿泊先だったので、なんとなくそれが嫌で荷物をほとんど車
に置いて寝ました。
次の朝、起きて出発しようと車に行くと鍵が開いていました。
「まさか!?」
予感は的中。
オープンカーを覆ってる部分のドアの鍵の側が刃物でカットされており、
そこから進入されて中がめちゃくちゃになっていたあげく、パソコンとデジカメ2個
と I-POD2個とラジオに飛ばすやつがなくなっておりました。。。
バックミラーも無くなっておりました。はは。

ついでにさっき気ずいたら壊れかけのペンライトまで無くなっていました。
グッジョブ!!

そんで今日移動の途中、かなりのでかい規模の山火事に遭遇し、
野次馬根性でそこに行って見ると、
この世とは思えない異空間に迷い込みました。

これを写真に撮れなかったのが泣けてきました。
そして本当に盗んだやつをを恨みました。
死ね!!っと。
そしてもし今度、山火事を見つけたらまた行きます。


つくづくオーストラリア1周一人旅。
「ROUND」
は楽しいことばかりじゃないということです。

旅とは、人生とはなんぞや、っというものを少し解らせてくれる様な
ものなんだと思いました。

人生楽ありゃ苦もあるってことです。
人生ゲームのようにいつもサイコロを振って進んでいる気がします。

そしてここから学んだこと達は、良い事も悪い事も全部含めて
自分にとってかなり有益な事ばかりでした。

明日からはいよいよこの旅東海岸最後の町
ケアンズです。

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